片づけた机の上。新聞紙を引いて、画用紙を取り出す。久しぶりに取り出した筆。
少しだけ固い絵の具を、パレット代わりの陶器のお皿に出す。
赤、黄、青。少しずつ筆にとり、水を少しだけ加えて、皿の空いた場所で混ぜていく。
最初は幾何学模様のようだった色が、徐々に緑となっていく。
そして、できあがった緑を筆にとり、すでに一画だけ彩られた画用紙に落としていく。
私は絵を描くことが好きだ。上手い下手、習慣かどうかは置いておく。
落書きでも、絵の具を使った絵でも、デッサンでも。
絵を描くこと自体は物心ついたときから好きだった、と思う。
気づいたら紙に漫画のキャラを模写していた。
天気のいい日に、ふらりと散歩をした。
青空の下ではっきりと木陰が地面に映る。緑豊かな神社と、その神社の手前の階段。
その風景をスマホでパシャリ。お気に入りの写真だ。
久しぶりに絵を描きたくなった私は、絵の具を取り出した。が、カチカチで使えなかったため、百均で絵の具と筆を買って、久しぶりに風景画を描くことにした。
風景画は、実は私が初めて「上手くなりたい」と思って行動したきっかけだ。
風景画の描き方が載っている本を探して、図書館で読んだ。
すべての技術を真似るなんて、一日、二日でできることじゃない。
だから、その本に描いてあった、遠くの山の描き方だけ練習した。
普通の緑より、空に混じるような青色を混ぜ、見えにくいからぼかすために、淡く塗る。
たったそれだけだ。
でも、そうして描いた風景画は、少しだけ魅力がある絵に見えたのだ。
それから、いろんな風景画を見た。描き方が違えば味も違う。
近くで見るとまだ未完成っぽく見えた絵が、遠くから見たら淡く輝いているように見えた。
逆にこんなに色ばかり乗せて大丈夫か、と思ったら、遠くから見たら美しい自然の景色が浮かびあがった。太陽光と木陰のバランスが美しかった。
描きこむだけではない。引き算の美しさを知った瞬間だった。
しかし、今でも思い出すのは、神社の一画を切り取った風景画だ。
細かい点描で描かれたその絵の美しさが忘れられなかった。
たまたま見つけた絵。その絵は創作時間が何十時間と書かれていた。
同じ大きさの画用紙に時間をかけて丁寧に彩られた写実的な美しい風景画だった。
あの美しい完成された風景画は今でも目に焼き付いている。
私も好きな風景をあの点描の風景画のように写実的に描きたい。
そんな思いで描き始めた風景画。
しかし、一か所描くだけでかなり時間がかかる。
絵とは不思議なものだ。こだわりだしたらどこまでも描けるのだ。
まだ一画しか描いていないが、自分でも満足のいく仕上がりだ。
しかし、こんな時間がかかるなんて思わなかった。すでに数時間かけている。
あの憧れの絵よりも小さい画用紙なのに、だ。
完成までいつまでかかるだろうか。
絵の具の準備も片づけも大変で、意外と描くまでの腰が重いのだ。
それでも、木陰や神社を見るたびに過去の風景画を思い出し、描きたいなと思う。
きっと、憧れたちを見つけるたびに、少しずつ筆を進めていくのだろう。

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