私のかつての天敵、ゴーヤは夏の相棒

私は昔ゴーヤが嫌いだった。理由は単純だ。

苦いものが嫌いだった私にとって、苦味の強いゴーヤは口に合わなかったのだ。味を濃くしても残る独特な苦みが気になる。

そんな嫌いな食べ物筆頭株だったゴーヤであるが、今では私の夏の相棒の一つである。

これは、とある経験を経てゴーヤへの印象がガラッと変わったからだ。

学生時代、先生や同級生とともに暑い中フィールドワークをしていた。

その帰りに先生が私たちに昼食を買ってくれたのだ。その時ゴーヤチャンプルーがあった。

先生がゴーヤは栄養もあって良いよ、と勧めてくれたのだ。

正直、ゴーヤが苦手な私は尻込みする気持ちはあったが、せっかく先生が買ってくれたものだ。無下にするわけにはいかない。お礼を伝えて素直に受け取った。

そして涼しい部屋に戻り、そのゴーヤチャンプルーを食べたとき、苦味はあった。

それなのに、美味しいと感じたのだ。

その時、私の中で発見が生まれていた。

苦味以外のゴーヤに栄養があるという視点。これは嫌いなもので興味から逸れていた私にとって衝撃だった。

そして、頑張った労いとして、先生が昼食を買ってくれた優しさと思い出だ。先生の優しさ、熱い中アスファルトを歩いた光景を今でも思い出せる。

それから私の中ではゴーヤは夏バテ対策の心強い味方となっている。

とりあえずゴーヤを食べておけば大丈夫だろう、という謎の信頼が生まれているほどだ。

ゴーヤチャンプルーを作る度に、大変だった夏のフィールドワークや、先生や同級生とのやり取りを思い出す。

今はどうしているだろうか。

熱気を浴びながらアスファルトを歩き、時々あの頃の面影を探している。

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