今では移動は自動車が当たり前。どこに行くにも冷たいクーラーを浴びて、好きな音楽をかけてドライブ。
そんな日々を手に入れるためにも段階があった。原点は自転車だった。
一人暮らしを始めた頃、徒歩での移動は限界がある。
そして、お金もない私は家族から自転車を譲ってもらった。
これが「車」との出会いだった。
自転車を漕ぐのも楽ではない。坂道のしんどさは徒歩より何倍もきつい。
しかもブレーキ音が大きいわりに、効きが悪いこともあった。ひやひやする。
それでも、徒歩よりも行動範囲が広がった。
見知らぬ道を好奇心で進んだとき、自転車を漕いで風を切る瞬間は楽しかった。
身分証が欲しくて、原付の免許を取った。
そして、少しずつバイトで稼いだお金で、今度は原動機付自転車、原付を買った。
これまた驚いた。
自転車のように力もいらない。燃費も良くてどこまでも行ける。
道路を走る分、怖さもあるが風を切る楽しさはそのままに行動範囲がさらに広がった。
ただ、雨風の影響が気になるようになった。
さらに時が経ち、社会人。ローンが組めるようになった頃。
私はついに念願の車を買った。
車があれば雨風は気にしなくていい。むき出しではないから、生身の心配はいらない。
原付ではいけないところも行ける。比喩なしでどこまででも行けると思った。
車の快適さに魅了されていたある日。私は電動自転車を借りて漕いだことがあった。
そこは都会の喧騒から離れた場所で、自然の音しか聞こえない場所だった。
人も少なく、車もほとんど通らない。そんな静かな場所。
にぎやかな音が苦手な私でも、イヤホンは付けずに歩けた。
そして、電動自転車に乗り、漕ぎだした。
久しぶりに生身で風を切る。
電動自転車のため、力もある程度あればいい。
坂道も気にせずグングン上っていける。
木陰で涼みながら、時折吹く風の心地よさを感じた。
見える景色の美しさを目に焼き付けながら、目的地まで漕ぎ続けた。
自然の音しか聞こえない、異世界に迷い込んだような心地だった。
あの経験は今でも心に深く刻まれている。
自宅に帰ったとき、当たり前に聞こえる車の音。人の話し声。
あぁ、戻ってきた。喪失感すらあった。
あの美しい景色、自然の音に包まれた静かな空間。
そして、夢中で漕いだときの風を切る瞬間だけを楽しんだ私は、あそこに置いてきてしまったのかもしれない。
自動車の便利さは変わらない。生活に必要なものだ。
ただ、時々、何も気にせず自転車を漕いで、風を切ったあのときの私を迎えに行きたい、なんて思うのだ。

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